♨️黒川温泉に学ぼう(黒川温泉シリーズ第2回目)

                       〈新明館内フロント周辺〉

   〝黒川温泉にご案内します〟の続編になります。前回の投稿の最後の方で黒川温泉の現状の問題点を大きく二つ申し上げました。〝景観〟の問題と〝接遇〟の問題です。わずか2泊3日の旅だったので正確な現状把握に基づいての対策案提起には無理があるでしょう。それでも無理を承知で一旅行者の意見の延長ということで申し上げます。
   この熊本県北部に位置する黒川温泉が、無名の温泉地から一躍日本のメジャーな温泉地に生まれ変わったのは、優れた景観を持つ温泉地へと一変させたからです。特別黒川温泉の回りの風景が景勝地として恵まれていたわけではありません。正直なところ日本のどこにでもあるごく平凡なところといえます。それを新明館のオーナー、後藤哲也さんが〝黒川温泉を変える〟という信念を持ち続け、人生の大半を黒川温泉の再生に捧げ、再生の中心的役割を果たしながら黒川温泉旅館組合の人たちとともにその風景をつくりかえていった。そのプロセスは本当に他の観光地の模範となるものです。そういう高いレベルにありますが、更に上を目指してほしい。世界の観光地に伍していくために、当面の目標としてミシュラン・グリーンガイドでの星数を3つにするために、引き続き努力してほしい。そこで大変おこがましいのですが私なりの施策を述べます。レベル差はありますが、大きく4つの項目に整理しました。

 

黒川温泉を世界ブランドの観光地へ

 

1.これまでの景観対策を踏襲し、更にそれを徹底する

   さて、それでは順番で説明していきましょう。最初に「これまでの景観対策を踏襲し、更にそれを徹底する」です。私は日本の観光地がインターナショナルで伍していくためには、景観を中心に〝日本らしさ〟をより徹底することだと思います。現状の日本の温泉地は、収容人数を向上させるためにマンションのような箱型ビルにしてしまっているところが多くあります。これでは〝日本らしさ〟を打ちだすことが極めて難しい。従って日本の温泉地の多くは〝日本らしさ〟を打ち出せず、ミシュラン・グリーンガイドでも名前さえ紹介されていないところがほとんどです。その点、黒川温泉は後藤哲也さんがそのことに早くから気づき、箱型の旅館・ホテルの建設を直接、間接に阻止してきました。そして、1986年より旅館組合として県の補助金を活用し、後藤哲也さんの経験に基づく植樹のノウハウをフルに活かして雑木林風にさまざまな種類の木を植えていき、以降毎年続けてきている。1日で1000万円近くの木々を植えた年もあったという。個々の旅館も独自に木を植え続けてきている。日本の雑木林のある風景は、その色あいの豊富さで外国では真似できない風景です。その風景の範囲を更に広げ、徹底すれば極めて大きな強みとなります。そう、インターナショナルな観光地に伍していくための強力な武器です。他の観光地が真似しようと始めても20年、30年かかってしまいます。私は黒川温泉が持つこの強みを更に活かし徹底してほしいと思う。今後黒川温泉は海外からのお客様の利用増も見込み、一泊だけの利用でなく、連泊して日中は黒川温泉周辺の散策範囲を広げて十分楽しめる場所にしてほしいと思っています。そんな構想を持って雑木林風に植樹する範囲を毎年広げていってほしい。欲を言えば黒川温泉周辺を散策したとき遠方に見える杉林も将来雑木林に変えていってほしい。そうなったなら決して他の観光地の追随を許さないでしょう。

   それから景観問題でいえば、もう一つが建物の景観問題です。こちらも雑木林同様にそして雑木林と一体となった景観で〝絵になる風景〟を更に洗練していってほしい。どの方向を見ても構図として写真を撮りたくなる風景であることを判断基準として、変えられるところから変えていくとです。こちらも後藤哲也さんが飛騨高山など全国の優れた〝和〟の景観から学び、取り入れて造ってきた旅館の景観づくりの流れを踏襲し、より徹底してほしい。総じて3階建以上の大きな旅館の場合、〝和〟の景観に仕上げることが難しいでしょう。黒川温泉の現状でもその部分が全体の景観の仕上げという点で苦戦している感じがします。できれば外壁を他の建物と調和した色の板張りにするなど工夫が必要かと思います。ただし大変コストがかかってしまいますが。それから雑木林でしっかり周りを囲うことです。また、先程も言いましたが黒川温泉に連泊して日中も楽しめるよう、雑木林と田舎の民家風建物の組み合わせで散策範囲を広げていってほしい。旅館以外の全ての建物を旅行者に〝見せる〟という視点で見直していくことです。しかし、建物に関しては個人の負担による部分がほとんどで、組合としてそれを強制できないだけに他の観光地で同じことを言っても無理でしょう。しかし、黒川温泉では、数10年の街の改革と革新を通して住民の意識は変わってきていると思います。そこに期待します。インターナショナルで通用するブランドに仕上げるためです。そう、「地域全体が一つの旅館。道は廊下、各旅館は部屋」の黒川温泉将来ビジョンに向けた確かな歩みを更にすすめることです。

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2.インターナショナルの観光地としてそれにふさわしい人材を育成する

   一つの旅館の評価、ひいては一つの観光地の評価は、温泉地の場合でみると旅館周辺の癒される景観、快適な館内施設と快適で良質の温泉(露天風呂など含む)、特徴があり感動と味を堪能できる食事、日中十分楽しめる空間があること、そしてそれをコーディネートする人の質で決まります。人以外のところでどんなに優れていてもそこで働くスタッフの皆さんの力がそれにふさわしいものでないと全体の評価は上がりません。そのためそこで働く全ての人の力量を高める努力が不可欠です。そして、ここでもインターナショナルで伍していけるスタッフの確保が必要です。旅館組合と各旅館のオーナー、女将さんは人材の力量を高めることを重要な課題と位置づけて取り組む必要があります。

   さて、そこでもう一度現状認識からです。前回の投稿では、日本のレストラン、旅館などのサービス、〝おもてなし〟は、日本人自身は最高だと思っているだけで、実際日本のそれらを利用した外国人の評価は高くないことをデービッド・アトキンソンさんが「新・観光立国論

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」の中で書いていることを紹介しました。そう書いても日本にいてはなかなかアトキンソンさんの指摘を実感できないでしょう。できれば海外に実際に行って現地のレストランを実際利用してみて、そこでのサービスを自分で体験し、確認することです。それを旅館組合が企画して取り組むようにする。海外の優れたホテル、レストラン、観光地の視察を企画し、毎年数人づつ送る。組合負担と一部本人負担で。まず今後を担う若旦那、若女将が。もちろんオーナー、女将も率先して行ってもらう。とにかく旅館のサービスレベルは、オーナー、女将の問題意識のレベルで決まるからです。物見遊山ではだめです。学んだことと今後に生かすことを報告書にして組合に提出し、公開します。やはり専門のコーディネーター(コンサルタント)は必要でしょう。行くに当たっては、こちらの意図をしっかり伝え、十分な調整をした上で企画し、参加者の事前学習を経て同行してもらいます。

   私の事例ですが日本と違うサービスの事例をお話しします。私は今は日本の観光への関心から伊勢神宮内宮前近くの土産品販売の店で働いていますが、以前はコープ(生協)が職場でした。そのときにアメリカのスーパー、ディスカウントストアなど、アメリカ流通事情視察で3回、新婚旅行でアメリカ西海岸に1回、コープの会員の皆さんの事務局を担い、ニューヨークの国連で行われた第3軍縮軍縮総会(SSDIII)という大変難しい会議への参加で1回、アメリカへは計5回行きました。その他に現在の職場の旅行でスイス、ドイツ、オーストリアなどヨーロッパに1回行きました。その中でも特に30年近く前の国連軍縮総会終了後、日本への帰途サンフランシスコに立ち寄り、会員の皆さん10人位でフィッシャーマンズワーフにある魚介類レストラン(イタリア料理)のスコマという店を利用した時のことが印象的でした。

                       〈スコマ(Scoma's)〉

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                         〈※写真 4travel.jp〉

レストランのグレードとしては、価格的にも標準よりやや高めの店といった感じですが、庶民的な感じもあり気軽に入れる雰囲気です。会員の皆さんと少しリッチにロブスターなどのメインディッシュと前菜、そしてワインを注文します。前菜のサラダには他のレストラン同様ドレッシングを3種類持って来て担当のスタッフ(担当するエリアがあって最後まで同じ人が対応する)が、ていねいに説明を始める。もちろん英語なので内容はさっぱりわからない。一通り説明が終わって最後に「私はこれをおすすめします」という。もちろんこれも英語なのですが、口調、身振りではっきりわかる。当然ドレッシングを迷わず選べる。日本でも真似てドレッシングを何種類か用意し説明する所はあるが、「私はこれをおすすめします」とは言わない。それからアトキンソンさんが「新観光立国論」の中で日本と外国との違いでレストランで「すいません」などの言葉をかけてスタッフを呼ぶのは欧州では失格であると紹介されていましたが、この店はアメリカの店ですが確かにスタッフの方に顔を向けるとすぐ近寄ってきて、「何かご用ですか」と聞く。スタッフ同士でおしゃべりなどしていない。まさに全神経を客である私たちの方に向けているのが分かる。30年近く前のことを何故こんなに具体的に覚えているのかというと、実は客である私の方が恥ずかしい行為をしてしまったからです。食事を終わって会計をするときです。グループの事務局として私がまとめて支払いをしました。10人分で確か日本円に換算して6〜7万円くらいだったと思います。全行程の最後で残りの財布の中もやや寂しい。レストランでのチップは食事金額の1割くらいからといわれていたが、全体の金額が大きいので1割の半分位からでもいいだろうとチップをスタッフに渡した。そしたらはっきりと〝ノー〟と言われた。「ばかにしないでくれ。私はそんなレベルのサービスをしていないはずだ!」とスタッフの目が言っている。慌てて「アイム・ソーリー」と言ってチップ追加しました。そんなみっともないやりとりがあったので良く覚えているのです。しかし、今改めてそのときの事を振りかえってみると、あの真剣で気魄がこもり、しかも自信に満ち、誇りを持った(と私は感じた)レストランスタッフを日本で見たことがない。そんな経験を踏まえて考えると〝日本はレストランなどすべてでチップがないから良い〟という日本の中で言われていることに疑問を持っている。アトキンソンさんも本の中で、日本のレストランの利用料金は、メニュー価格そのものにチップに当たるサービス料込みになってていて、結局欧米のチップを含めた利用料金とほぼ同じだと言っている。だとしたらスタッフのサービスの質はどちらが高いのかということです。ぜひ自分の目で確かめてみて下さい。アメリカなど海外のレストランなどで働くスタッフは、固定給は大変低い。あとは仕事の中で自分が提供するサービスを評価してもらい、それをチップという形で稼ぐ訳だ。当然提供するサービスのレベルで個人差がでる。合理的で明快です。競争意識もありクォリティの高いサービスを生み出している。日本の場合労働法の問題だけでなく、日本人自身の横並び思考がネックとなってチップ方式はやりたくてもできませんが。できなくても世界のスタンダードのサービスレベルを知るのです。そのインターナショナルのサービスのスタンダードレベルを知って問題意識を持つところから始めるのです。そして日本に帰ってから〝どう活かすかその組み立てを考える〟のです。それが目指す自店のスタンダードとなります。そう、接遇は直接的な数値目標化ができません。そのため目指す自店の接遇の〝状態〟を一つ一つの場面ではっきりさせ、それによって個別の事例に一つ一つ対応していき、更にそこから学んで改善し続けるのです。もちろん欧米でもチップのいらないファーストフードの店は、本家ですからたくさんあります。また特にアメリカ西海岸など日本食レストランがたくさんあります。「行くな」とは言いませんが、やはりメインはチップを支払う向こうの普通のレストランです。それから日本人のグループで行くとかなりの人が「こっち(アメリカ)の料理は大味で口に合わない」「やっぱり日本食が一番だよな」と言いだす。確かに普通のレストランはステーキなど大味なところはある。アメリカ人も日本の和牛の旨さを知るようになり認めている。それから単品の量が多い。良くメインディッシュの付け合せで出てくるポテトフライなど、それだけで腹一杯になってしまうような量です。だから可能な店なら単品でメインディッシュと前菜をメンバーが種類を変えて頼み、取り皿を頼むのです。それとレストランの雰囲気、メニューとその味、スタッフのサービスレベルを見る訳ですから、普通よりワンランク上のレストランを利用してみましょう。先ほど紹介したスコマもいいですし、サンフランシスコのフィッシャーマンズワーフはほとんど魚介類のメニューが中心で、総じて日本人に向いているでしょう。それからロスアンゼルスならビバリーヒルズ周辺の洒落たレストランがおすすめです。私は今でもビバリーヒルズのレストラン〝ローリーズ・ザ・プライムリブ〟のローストビーフの味が忘れられません。

 〈ローリーズ・ザ・プライムリブ店内と外観〉

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〈客のテーブルの前で肉をカットする。(写真左下)カットしたローストビーフ (その右 待ち時間の間利用できるバー〉

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          〈※写真上下  トリップ・アドバイザー〉

  「なんか高級そう!」って?そう、アメリカのセレブも来る店です。スーツでなくてもジャケットとネクタイ、スラックスは必要です(女性もそれに準じて)。Tシャツ、Gパン、スニーカーでは一人浮いてしまいます。というか周りから軽蔑の眼差しの集中攻撃を受けてしまいます。あるいはその前に入店を断られるかもしれません。海外旅行でパックのツアー旅行で決められた食事だけならネクタイもジャケットもいらないでしょう。また、日本からの荷物を出来るだけ少なくしたい気持ちも分かりますが、短い海外旅行でも現地のライフスタイルの一端を知る上でチャンスです。彼らはT・P・O(時・場所・目的)で見事に変身します。これが日中Tシャツ、短パンで闊歩していた同じ人かと目を疑うほどドレスアップして現れ、その格好良さに圧倒されます。せっかく海外に行くならいっときでも現地の人になったつもりで楽しんでみましょう。ツアーでも夕食がオプションになっていたらその日に仲間と一緒に行くのです。ホテルでタクシーを頼めば安心です。帰りもレストランで「タクシー・プリーズ!」で大丈夫。ただし、帰るホテルの名前を忘れてしまっては困りますが。

   ローリーズの話に戻りますが、やはりこの店のローストビーフの味に感激した日本人がいて、横浜市関内駅近くの馬車道通りにローリーと同じローストビーフの味の店を出し、私も何回か行きました。残念ですが今同じ場所にはありません。私は行ったことはありませんが、調べたら日本にも東京と大阪にローリーズの支店があります。ただ、インターネットの写真を見ると店の雰囲気はかなり違います。やっぱりアメリカの本家の方が内装など重厚な感じがします。それからアメリカのこのクラスのレストランでは、「満席で1時間待ちです」と言われても諦めてはいけません。待ち合いの部屋があり、ドリンクなどは待ち時間に注文でき、お酒を飲みながら仲間と楽しく語らいながら待つことができます。そうしたサービスをも体験してみるのです。そう、日本にいるときの行動パターンでなく、アメリカに行ったら少しリッチなアメリカ人になったつもりで、レストランでのすべてを楽しむのです。海外、特にアメリカのことを書き出したらそれだけで数万字を超えてしまうので、それはまた別の機会にしてこの辺にしておきます。

   さて、従業員スタッフの育成を考えるとき、この業界、職場に入れば、将来に〝展望が持てる〟という状況を作っていくことが必要です。その展望とは、一つは〝働き甲斐〟で、「この仕事で一生頑張って働き、自分自身の成長と会社(旅館)とその観光地のために貢献してしてみよう」と思ってもらうことで、そのためにはその観光地、会社(旅館)が〝将来ビジョン〟と〝志(経営と社会貢献の姿勢)〟を明確にすることです。「現状はこうだが、将来はこうしたい。そんな将来のために君たちの力を借りたい」というビジョンをトップが熱く語れるかです。若者は就職しても今の仕事を一生続けるべきかで悩んでいる。今の目の前の仕事に追われるのみで将来ビジョンの話など聞いたことがない。これでは若者が悩んで当然です。そう、トップが将来ビジョンを熱く語れないことが大きな原因なのです。

   ただ多くの観光地、温泉地でお客様の集客がジリ貧になる一方で「何をどうしていいか分らない。だから当面の課題を一生懸命やることしか出来ない」というトップも多いでしょう。日本の多くの観光地に、その現地に行ってみればその困難さは分かります。時とともにお客様の意識は変わっていく。そういう変化をつかみ対応していかなければなりません。今から40年50年前の日本は高度成長時代。日本経済のパイそのものが拡大していった時代で、企業業績が右肩上がりでサラリーマンの年収は黙っていても毎年上がっていく。そしてその時代の代表的な企業の福利厚生は〝運動会〟と〝社員旅行〟で、どの企業も競うように行った。とりわけ首都圏に近い温泉地の熱海などは人気が集中した。そしてその需要に応えるために投資してホテル型に旅館を造り変えていった。そしてバブルの終焉とともに利用者の急減が始まる。現状の利用者はピーク時の3分の1以下、4分の1以下になってしまった。全国の温泉地の多くが似たような状況です。バブル直後は、「なんとか数年我慢すれば元に戻るはずだ」と思ってみんな耐えてきたと思う。しかし、30年近く待っても一向に戻る気配はない。そう、もういくら待っても元には戻らないのです。世の中のお客様のニーズが完全に変わってしまった。会社などの一泊の社員旅行は人気がなくなってしまった。この現状をしっかり受け止めなければなりません。

   同じようにバブルの終焉とともに衰退していった日本のレジャー産業があります。海水浴場とスキー場です。日本では海水浴は夏の代表的なレジャーでした。私のいた神奈川県は、湘南海岸や三浦半島の海岸は海水浴のメッカでした。ピークには東京などから多くの人が訪れます。当然海岸近くに行くと大渋滞が発生します。東京を家族と朝早く出て神奈川県の湘南海岸に向かう。海岸の近く20キロメートルから渋滞が始まり、1時間走ってもやっと10キロ。海岸近くに着いても車を止める駐車場探しが大変。やっと車を止めて海岸に着いたのは11時。人が多く、芋洗い状態の海岸でしばらく楽しみ(?)、帰りも渋滞があるので早めの帰り仕度をして15時には現地を出発する。家にたどり着いたのは19時近かった。これが代表的な海水浴のパターンです。はっきり言ってこれは発展途上国のレジャーです。先進国でこんなレジャーはありえません。例えばアメリカのマイアミビーチを見てほしい。海岸に沿ってシャレた高層のリゾートホテルが何棟も並び、そのホテルを連泊で利用し、ホテルから目の前が海岸なので、水着のまま海岸にいける。金髪の白人女性が砂浜に寝そべっている。絵になる風景といっていい。

〈マイアミビーチのホテル群 ホテルの前が海〉

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                      〈⬆︎写真  RETRIP他〉

ところがこの白人女性に「日本の湘南海岸で同じように楽しんでほしい」と頼んでも、即座に「ノー」と言われるでしょう。海岸の近くにイケたホテルや施設がないからです。施設といえば時代的役割を終えたような海の家があるだけ。シャワーと脱衣場所も貧弱。それで何十キロも離れたホテルまで移動するなんて考えられないということです。タイのプーケットが外国から人気があるのは、海の近くに立派なホテルと飲食を含め、夜も十分楽しめる施設が充実しているからです。

   日本の海水浴場は、ここ20年で利用者が4分の1にまで激減しているという。それで現地の人は、もう一度利用者を増やそうと一生懸命です。でもそれは諦めた方がいいでしょう。日本人の意識も「あんなに苦痛な思いをしてまで海に行きたくない」と思うのは至極当然です。これまでの日本の海水浴というレジャーは世界のスタンダードからみればとてもレジャーと言えないのです。日本の海水浴場で世界から人を呼べるようなところは一つもありません。確かにミシュラン・グリーンガイドで沖縄石垣島の川平湾のように星3つの評価のところもありますが、開発が進んでいないので素晴らしい景観が残っている、という自然遺産的なニュアンスが強いと思います。日本の海水浴場が世界レベルで伍していくということは諦めるべきです。それぞれがローカルの海水浴場として存続すべきです。地元の人が徒歩かせいぜい自転車で来れる範囲の人を対象にするのです。「それでは食っていけないじゃないか」って?そう、日本の海水浴場は大転換を迫られています。潔く諦めるか、江ノ島を抱える湘南海岸なら富士山が世界文化遺産になったように葛飾北斎富嶽三十六景で描かれた風景の場所ということで、景観を全面的に見直して(今のままではダメです。ミシュランのグリーンガイドで江ノ島のことは紹介されていますが、星印無しです。でも現状ではやむをえません。)新しい湘南海岸につくり変えていく必要があります。このことは改めて触れたいと思います。

   海水浴場と同様に衰退してしまったのがスキー場です。やはり日本の高度経済成長時代、若者を中心に夜行日帰り、夜行1泊2日のハードスケジュールのスキー客が全盛でした。電車の自由席は、座れないスキー客で身動き出来ないような状態でも、みんな我も我もとスキー場に向かいました。しかし、これも発展途上国のレジャーです。こんな状態がいつまでも続く訳がありません。ただ、ただ疲れるだけのスキーはとてもレジャーとはいえません。だから減って当然です。今迄の延長ではスキー場の将来はありません。その点、北海道のニセコなどにオーストラリアの資本が入って短期滞在型のスキー場開発をしているやり方は、今後のスキー場の方向性を示しています。

ニセコスキー場 海外から雪質を評価される.海外資本も入りアフタースキーもオシャレに〉

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              〈写真  トリップアドバイザー 他〉

   日本は、観光地、レジャー産業も顧客の意識の大きな変化の中にあります。観光地のリーダー、企業のトップはそうした変化を把握し、それに対応した戦略、方向性を決めていかなければなりません。その点、後藤哲也さんは優れた戦略家でもありました。後藤さんは、新明館の3代目として自ら一人で数年かけて洞窟風呂をつくったり、裏山をツツジやいろんな庭木を植えて宿泊者に喜ばれるよう日々努力する一方、大変研究熱心なところがありました。全国の人気のある観光地、景観の優れた地域を訪れ学び続けたのです。とりわけ京都は毎年訪れ、優れた同じ場所に学び続けます。そう、結果的に定期定点観測をしていたことになります。その中で後藤さんは、ある重要なことに気づきます。「京都に行き始めた頃は、剪定された松など、整然とした庭木と池のある日本庭園などが人気があったが、ジワジワと減っていくのが分かった。逆に、自然の木が植わっていて岩には苔が生えている、そんな庭を持つ寺院の方に人が集まり始めた。そこで女性の観光客が自然の雑木を見て『わー、すごい』と感動の言葉を出している。最初はその現象が何故起こっているのか分からなかったが、やがて自分なりの結論にたどり着く。剪定されたマツのある日本庭園は〝人口的〟そのものです。しかし、ストレスを持つ現在の人は、そこに〝癒し〟を感じなくなった。ありのままの自然の姿を求めるようになった。」今後の目指す方向を明確に捉えたのです。それと日本の他の温泉地と違って高度経済成長時代の旅館、ホテルのビル化と無縁だったことが幸いしました。癒しにつながる自然、雑木林を彼一流の経験に基づくノウハウによって植樹で広げていき、そして、飛騨高山の優れた古民家などから学んだことをふんだんに旅館の改修に取り入れ、黒川温泉の風景を一変させていったのです。黒川温泉にとって今もこの戦略は生きています。この戦略を更に突き詰め、徹底していくのです。黒川温泉組合の組合長や各旅館のオーナーは、これからを担う若いスタッフにこう熱く語るべきです。「黒川温泉は、世界の人々に愛され、利用され、尊敬される世界ブランドの温泉地を目指します。そして、当面の目標としてミシュラン・グリーンガイドの評価で星3つを目指します。」と。

   話しが広がりすぎて本論を忘れそうです。今まだ〝人材育成〟の話しです。これからを担う若いスタッフに、トップは熱くビジョンを語りなさい、と言いました。それからスタッフの人材育成で大切なことがあります。ビジョンと志の他に経済的にスタッフが安心して働ける状態をつくることです。そうでないと優秀な人材が黒川温泉に残ってくれません。黒川温泉でしっかり働けば、将来結婚して家庭を持ち、子供も安心して大学まで行かせられる。そうした展望が見えれば余計な心配事がなくなり、「よし、がんばろう!」という気になれます。ところが実態はどうでしょうか。ここに2016年3月15日付のインターネット ライブドア・ニュース「40代の業種別の平均年収ランキング…」として、2013年国税庁の「民間給与実態統計調査」の統計と「年収ラボ」が行った分析データを元に40代の業種別平均年収が紹介されました。まず、国税庁民間給与実態統計調査」で40代の全体の平均年収を見てみましょう。

       ●40〜44歳        459万

                                 男  568万

                                 女  290万

      ●45〜49歳         491万

                                 男   638万

                                 女    292万

   男と女で大きな差があるのに驚きますが、それは今回のテーマとの関係で特に考察をしません。問題は、下記の40代の業種別平均年収です。

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    「宿泊業・飲食サービス業」が14の業種別で最下位で、それも極端に低い。最初数字の間違いではないかと思い、国税庁の「民間給与実態統計調査」をインターネットで見ることができるので自分で調べてみたが、やっぱり間違いない。それに企業規模(資本金額で分類)で見ても大きな差はない。最初個人経営の人のサンプルが多いからだろうと思ったが、そうではなさそうです。一度税務署の人にこのデータについて聞いてみたいと思うが、いずれにしてもこの業界の平均年収が低いのが分かる。これでは優秀な人材は入ってこないだろうし、入ったとしても将来の経済的な展望が描けず、辞めてしまうでしょう。40代といえば「子供が高校生、中学生の二人です。」という家族構成が一般的になります。高校生が高校三年になり、大学に行くことになれば、入学金と初年度授業料だけで国立で80万円、私立で115万円、私立理系なら150万円、地方から出て東京で下宿することになれば更に大変になります。一人大学を卒業させるのに1000万円はかかるといわれています。中学、高校で塾に行かせる出費もばかになりません。これを本人負担でというのは無理でしょう。奨学金をもらっても大学にほとんど行かず、バイトにほとんど明け暮れる日々となります。従って「宿泊業・飲食サービス業」に勤務する人の大半は、子供を東京の大学に行かせられないということになっています。これではいつまでも優秀な人材が入ってこず、また定着してくれません。少なくても世の中の平均的な水準は給与として支払う必要があります。それは40代の男で税込み年収約600万円です(日本はまだ年収の男女差がありすぎですが、それについてはまた別の機会にふれます)。そう言っても大半の温泉地の旅館では、「とてもそんなに給与として支払うほど稼いでいない。そんなに人件費をかけたら旅館が潰れてしまう」というでしょう。そう思います。いわゆる世の中の時流、トレンドに完全に乗り遅れてしまっているので、企業の売上に当たるところが確保できていないからです。時流に乗るための努力、大転換を一旅館だけでなく、温泉地全体として取り組む必要があります。しかし、財務含め体力にその余力が残っていればの話しですが。その点黒川温泉は今この業界では数少ない〝時流に乗ることができた温泉地〟です。これからも改革をすすめ、世の中の時流に乗り続ける努力はもちろん必要ですが。ところで黒川温泉では従業員の人件費は、自分の業界平均ではなく、全業界平均は上回っているのでしょうか。現状は黒川温泉といえども中々難しいのではないでしょうか。この業界の問題として労働生産性の低さがあり、その改善が不可欠です。

   労働生産性の問題を外国との比較で見てみましょう。経済産業省が毎年出している「通商白書」の2013(HTML版)から見てみましょう。まず国別の全産業の労働生産性比較です。

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   国別労働生産性比較では、付加価値高(GDP)/総投下労働時間=国民一人1時間当たりの付加価値高で表わされますが、上のグラフを見ると日本は韓国より上ですが、欧米先進国より下まわっています。これをアメリカとの比較で産業別で比較します。

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    労働生産性を製造業て比較すると電気機器で大きく下まわっていますが、他産業ではほとんど見劣りしません。ところが、下のグラフの非製造業になると大きく差がつきます。

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   とりわけ「飲食・宿泊」が大きく下まわっています。企業規模の違いも大きいと思いますが、仕事の仕方も大きな差があると言わざるを得ません。これはこれで詳細な分析が必要です。業界関係者はアメリカなど欧米諸国となぜこれほど違うのかしっかり現状把握する必要があるでしょう。私はこの業界のことは分かりませんが、前の職場の関係て3回ほどアメリカ流通視察に行ってアメリカと日本の違いを強く感じた点があります。

   一つは「標準化」という考え方が徹底している点です。例えば日本のスーパーの場合、出店するときは一つ一つその敷地に合わせ、建物の設計図面作成、確定したらゼネコンが入って建築資材確保に動きます。しかし、アメリカの大手スーパー、ディスカウントストアでは、年間数十店舗を出店するのが普通ですが、すべての建物を全く同じ構造で出店します。そして建築資材を数十店舗分まとめて発注し、ストックします。従って建築コストは日本の5分の1位です。今日本でもセブンイレブンなど、年間1000店舗も出店するところでは同じ方式で資材の製造をまとめてやっていますが、スーパーやディスカウントストアなど、少し大型になると部分的にあっても基本的にすべて個店対応です。とにかくアメリカは発想が徹底して合理的です。日本の「とにかく当面の仕事を一生懸命頑張る」ではなく、アメリカは仕事の組み立てが「いかに合理的に楽にできるか」です。日本との違いに度肝を抜かれることが多々あります。例えばアメリカの大半のスーパー、ディスカウントストアでは(一部ダウンタウンの店舗を除く)トラックの大型車10トンロングまたはトレーラー車がほぼすべての店舗の搬入スペースに納車できます。世界売上NO.1のディスカウントストア「ウォルマート(世界の売上高約50兆円で、全トヨタの2倍)」は、コンテナを積んだトレーラーが店舗搬入スペースに納車する。するとトラックは荷物を下ろすことなく、なんとコンテナを切り離してしまう。そして既に空になったコンテナを牽引して店舗から短時間で出ていってしまう。店舗では空いた時間にゆっくりコンテナから下ろせる。アメリカは技術革新がIT産業だけではない。物流のシステムから小売業の店舗作業まで日々革新している。日本からアメリカに視察に行っても「すごなー。でも日本とは余りに条件が違いすぎて参考にならないなー」で終わってしまう可能性が大いにあります。それではいつまでたってもアメリカとの差は縮まらない。店舗作業の標準化も徹底している。作業マニュアルが具体的で詳細です。作業者はマニュアルに沿った原則的な動きをします。30年前のアメリカ視察で夜間の商品補充作業を視察しました(当時からほとんどの大手スーパーが24時間営業で、商品補充は夜間行っていた)。するとほぼ例外なく商品を腰の高さの置くと両手を使って補充作業をしています。ややベテランになるとリズミカルにちょっと踊っているように両手で作業していました。こんなに早く作業を行うのを日本で見たことがありません。

   もう一つは労働密度が濃いということです。意外に思うでしょう。私もアメリカに行くまでは日本の勤勉さにはかなわないだろうと思ってました。確かに残業も厭わないで長時間働くという点では日本が上でしょう。しかし、与えられた時間内で、与えられた作業をこなす点ではアメリカが勝っていると思います。確かにアメリカでも個人経営の店などでやる気のないような店もあります。しかし、アメリカのスーパー、ディスカウントストアを視察した範囲ではありますが、仕事、作業の集中レベルはアメリカが勝っていると思いました。また、これもアメリカのスーパーの夜間作業のことです。日中の従業員スタッフと違い、夜間は商品補充作業がメインなので服装はTシャツにジーンズ、スニーカーの格好です。商品補充作業をする作業者の中に一人携帯用発注端末機(30年前に既に使っていた)を持って発注作業をする人がいます。その格好にまず目がいきました。ジーンズの上からバレーボールの選手が使うようなひざを守るひざあてサポーターをつけています。しばらく見ていると、順番に商品棚の在庫を確認しながら発注をしています。棚の下段になると片ひざをついた姿勢になります。そこでその棚の発注が終わると隣りの商品棚に移ります。が驚いたことに立つことなく、片ひざをついたままの姿勢で、足のつま先のスナップをきかせて体を横移動(すべらせる)するのです。もちろんそのためだけのひざあてサポーターではないでしょう。商品棚の下段の補充作業などどうしてもひざをつくことが多くなります。そのための保護用ですが、少し熟練するとそんなレベルになります。それから夜間作業者は10人程度いましたが、視察した約1時間の間で、手をやすめおしゃべりなど一人もいません。多くの人が汗をにじませ作業に集中しています。この作業における集中力は少なくとも非製造業分野では日本はアメリカに負けていると思います。そうした差は「飲食・宿泊」業にも必ずあります。そうした違い、差を無視してアメリカ並みの収入を得ることなどできるわけがありません。

   では、どうするか。確かにアメリカと日本の条件が違います。国土の約7割が平地のアメリカと7割が山間部になる日本とでは道路などのインフラの整備や宅地や商業地などほとんど方形(正方形か長方形)で確保できるアメリカとは違う苦労があります。でも与えられた条件の中で改革と改善をすすめるしかありません。それをすすめてきたのが後藤哲也さんです。これからも後藤哲也さんの意思を受け継いで世の中の時流に乗り続けられるよう日々改善・改革をすすめる必要があります。そこで一つ提案です。日本のトヨタ自動車は、世界トップの品質管理と労働生産性を誇ります。そして他のいろいろな業界で「トヨタに学ぼう」ということで学ぶようになっています。そこで「株式会社カイゼン・マイスター」を紹介します。と言って面識があるわけではありません。ただ会社設立の趣旨が素晴らしいのです。2007年にトヨタ自動車とその関連会社を定年退職した社員が集まり、「お返しの人生」を社是としてトヨタで学んだことを他の産業にも広めよう、「中小企業のよき相談相手」になろう、という志を持って会社を設立しています。その改善支援は、製造業の他に地方銀行や病院、大学、農林水産業まで及んでいます。「製造業のトヨタ経験者に旅館のことが分かるわけがない」なんて思ってはいけません。あらゆる仕事は共通する部分があります。分からないところは現地で見て学んで考察する力があります(面識はないので正確には、本を読む限り「考察する力がある」と推定される)。日本にトヨタ生産方式という世界トップレベルの仕事を行っている企業が既にあるのです。ここに学ばない手はありません。多くの企業がトヨタに学ばないのは、「おじけづいている」か「志が低い」、多くはその両方でしょう。とにかく一人当たりの労働生産性を上げないことには、40代年収600万円などとても無理です。もちろんいくら指導してもらったからといって、直ぐにそこまで数値を上げることなどできません。従業員一人一人が先月の一人1時間当たりの付加価値高(労働生産性)を◯◯円と把握し、先月の問題点も一緒に考察に関わっているので把握している。そしてもちろん問題点の対策立案で出された今月の重点課題を◯項目を把握し、日々チェックリストに沿い、問題意識を持って仕事をすすめている。そういう状態を早くつくることです。

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   なんとか黒川温泉への提言4項目はまとめて投稿したいと思っていましたが、2項目でダラダラ書きすぎて長くなりすぎました。このままでは2万字を超えてしまいます。この続きはまた「続編2」に回したいと思います。よろしくお願いします。